配偶者居住権の要件
1. はじめに
高齢化社会が進展する現代において、夫婦の一方が亡くなった後、残された配偶者が安心して住み慣れた自宅に住み続けられるようにするための法的制度が求められていました。このような背景から、2020年4月1日に施行された改正民法により、「配偶者居住権」という新たな制度が創設されました。配偶者居住権の概要、取得要件、メリット・デメリット、登記手続き、活用事例などについて、実務的な観点から詳しく解説いたします。
2. 配偶者居住権の概要
配偶者居住権とは、被相続人(亡くなった方)の配偶者が、相続開始時に被相続人の所有する建物に居住していた場合に、一定の要件を満たすことで、その建物に無償で居住し続けることができる権利です。この制度により、配偶者は建物の所有権を取得しなくても、住み慣れた自宅に引き続き住み続けることが可能となります。
従来、配偶者が自宅に住み続けるためには、建物の所有権を相続する必要がありましたが、これにより他の相続人との間で相続分の調整が難しくなるケースがありました。配偶者居住権の導入により、建物の価値を「所有権」と「居住権」に分けて考えることができ、相続人間の公平な遺産分割が可能となります。
3. 配偶者居住権の取得要件
配偶者居住権を取得するためには、以下の要件をすべて満たす必要があります。
3.1 法律上の配偶者であること
配偶者居住権を取得できるのは、戸籍上の配偶者に限られます。事実婚や内縁関係にある場合は、原則として対象外となります。
3.2 被相続人の所有する建物に居住していたこと
相続開始時に、被相続人が所有する建物に配偶者が居住していたことが必要です。被相続人が建物を第三者と共有していた場合は、配偶者居住権の対象外となる可能性があります。
3.3 配偶者居住権の取得方法
以下のいずれかの方法により、配偶者居住権を取得する必要があります。
- 遺産分割協議:相続人全員の合意により、配偶者が居住権を取得する場合。
- 遺贈:被相続人が遺言により、配偶者に居住権を遺贈する旨を記載していた場合。
- 死因贈与契約:被相続人と配偶者との間で、生前に死後の居住権を贈与する契約を締結していた場合。
- 家庭裁判所の審判:上記の方法で取得できない場合に、家庭裁判所の審判により配偶者居住権を取得する場合。
4. 配偶者居住権のメリット
配偶者居住権には、以下のようなメリットがあります。
4.1 自宅に住み続けることができる
配偶者は、建物の所有権を取得しなくても、無償で自宅に住み続けることができます。これにより、住み慣れた環境で安心して生活を続けることが可能となります。
4.2 相続財産の柔軟な配分が可能
建物の価値を「所有権」と「居住権」に分けることで、配偶者は居住権を取得し、他の相続人は所有権を取得することができます。これにより、相続財産の配分に柔軟性が生まれ、相続人間の公平な遺産分割が実現しやすくなります。
4.3 相続税の節税効果
配偶者居住権は、配偶者の死亡時に消滅するため、その分の相続税が発生しません。また、建物の所有権と居住権を分けることで、それぞれの評価額が下がり、相続税の負担軽減につながる場合があります。
4.4 登記により第三者に対抗できる
配偶者居住権を登記することで、建物の所有権が第三者に移転した場合でも、配偶者は引き続き自宅に住み続けることができます。これにより、住居の安定性が確保されます。
5. 配偶者居住権のデメリット
5.1 不動産の処分が困難になる
配偶者居住権が設定された建物は、所有権を持つ者(多くは子)であっても、配偶者が居住している限り自由に売却・賃貸することができません。特に配偶者が認知症などにより意思表示が困難となった場合、配偶者居住権の放棄や登記の抹消が事実上できなくなるため、不動産の流動性が著しく低下します。
また、配偶者が介護施設へ入所するなどで建物に住まなくなっても、形式上は居住権が残る場合があり、実務的に厄介な問題を引き起こすことがあります。
5.2 所有者の税負担
配偶者居住権が設定されていても、建物の土地にかかる固定資産税などの負担は、所有者に課せられます。賃貸物件であれば家賃収入で相殺できるものの、配偶者居住権は無償での使用であるため、所有者にとってはコストがかかることになります。
5.3 相続税の申告が複雑
相続税の申告においては、居住権と所有権に分けて不動産評価を行う必要があります。居住権の評価は配偶者の年齢や平均余命などを基に算定され、専門知識がなければ正確に対応することは困難です。税理士への依頼が前提となり、費用も追加で発生します。
5.4 法律婚のみが対象
前述の通り、配偶者居住権は法律上の婚姻関係がある者のみに認められ、事実婚・内縁関係には適用されません。特に事実婚で生活していた場合、相続人(子など)と関係性が希薄であることが多く、住居から立ち退きを求められるリスクが現実的に高まります。
6. 登記の重要性とその実務
配偶者居住権は、成立の要件を満たせば法的には有効ですが、対第三者に権利を主張するには登記が必要です。登記を行っていない場合、たとえ配偶者居住権が存在していても、所有者が建物を第三者に譲渡した場合、その第三者に対して居住権を主張できず、立ち退きを余儀なくされるおそれがあります。
6.1 登記の手続きと費用
配偶者居住権の登記は、配偶者(権利者)と所有者(義務者)の共同申請で行います。対象は建物のみであり、土地には登記できません。登録免許税は「建物評価額×0.2%」で、例えば評価額1,000万円の建物なら登録免許税は2万円となります。
登記は相続登記と同時に行うケースが多いものの、後日、別途登記することも可能です。配偶者が登記を希望した場合、所有者(子など)はその手続きに協力する義務を負います。
7. 活用事例と注意点
7.1 ケーススタディ
夫が亡くなり、妻と前妻との子が相続人となったケースで、子との関係が良好でない場合、配偶者居住権を設定することで、妻は住み慣れた家に安心して住み続けることができます。また、居住権の設定によって所有権の相続割合が減少するため、現金や預貯金の相続配分に余裕ができる場合もあります。
一方で、登記後に妻が認知症となったことで、住まなくなった家の売却ができず、施設入所のための資金捻出に支障を及ぼすこともあります。
8. まとめ:制度活用のポイント
配偶者居住権は、残された配偶者の住居と生活を保護する強力な制度であり、相続人間の調整を円滑にするツールとしても有効です。しかしながら、不動産の処分制限や相続税の複雑化といったマイナスな面もあるため、利用には慎重な判断が求められます。
検討時のチェックポイント:
- 相続人間の関係性(紛争リスク)
- 配偶者の健康状態(将来的な認知症の可能性)
- 不動産の将来の処分予定(売却計画の有無)
- 登記の有無とそのタイミング
- 相続税や贈与税への影響
制度の趣旨を十分に理解した上で、専門家と連携しながら適切な設計・登記を行うことが、円滑な相続と生活保障の鍵となります。
司法書士・行政書士西本清隆事務所
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